そんな質問をよくされるつぼこ(@tsuboko_info)です、こんにちは!
今では4人目も生まれ、てんやわんやな毎日のつぼこ家。3人目出産前後は家事も育児も仕事もハードでかなり大変でしたが、今となってはそれも幸せ・・・ととらえられるようになったかな。
正直、あっという間過ぎてもう忘れそう!って気もしなくもないんですが、嬉しいこと、悲しいこと、大変なこと、幸せなこと、本当にいろんなことがいっぱいあって大変だった私の感じたことを紹介します!
Contents
共働きでも3人目出産!ワーママを続けられた理由
まずはじめに、当時の我が家の家族構成を紹介します。
我が家の家族構成(出産当時)
夫・・・40歳
私・・・33歳
長女・・・5歳(年中)
次女・・・2歳(年少の1個下)
3人目の妊娠を機に、9:30~15:30の時短勤務に変更
では、どんな具合にワーママを続けられたのか。妊娠中・出産後、それぞれわけて見ていきましょう!
いいことも悪いことも、それぞれたくさんありました。
■3人目妊娠中、大変だったこと、悲しかったこと
・お腹に赤ちゃんがいながらの2人のお姉ちゃんの保育園送迎
・満員電車での通勤(往復3時間)
・家事(買い物、食事の準備)
・帰宅してご飯までの時間
・次女の赤ちゃん返り
・仕事は減るばかりか増えるばかり(フルタイムで働く4児ママがすでに2人いて、それが基準になっている)
・経済的不安が増えた
つぼこの小言になってしまいますが、どんな状況だったのか、お伝えします^^
保育園の送迎・通勤地獄
まだ幼い2人を自転車に乗せ、身重で不安定な自分も乗って保育園の送迎・最寄り駅まで行く、というのが本当に大変でした。
無理な運転をする人もいたので、冷や冷やすることもたくさんあって。本当、通勤が地獄のようでしたね。
満員電車だから妊婦マーク付けてたって譲ってくれる人がいるわけでもなく、むしろぎゅうぎゅう過ぎて見えないし。転ばないように気を付けながら
そんな思いで通勤してましたね。
私も働かないと家計がやばい!
って思いが一番ってのが正直なところでした。
買い物地獄
大きな買い物はしないようにしていましたが、まとめ買いになるとけっこう辛かったので、2日に1回くらいの割合で買い物に行っていました。
出産が近くなったら買ってきたお惣菜や冷凍食品、あと子どもの大好きなマック!(ハッピーセットは本当に神!!)で済ませることも多かったです。
最寄り駅の駐輪場の横がスーパーだったので、そこで前かご(前の座席)に入る分くらいの買い物をして。そのまま保育園に迎えに行って、家までは次女は後ろの座席に乗せて、自転車押しながら長女と歩いて帰るパターン。
で、帰っておなかが空いた2人をそのまま待たせるとケンカやよく意味のわからない大泣きが始まるので、無駄にお菓子やバナナで夕飯までをつなぐ生活でした。
バランスの崩れまくった食生活に
これじゃぁやばい!
と、次女の妊娠にも思ったのを今回も繰り返してて。これは何とかしないと!と思い、利用している友達に連絡して生協の宅配「コープデリ」・「おうちコープ」に加入。
生鮮食品とかけっこう助けられました。ほとんど冷凍対応だったから、それもありがたかったし。
そして、日用品に関してはAmazonプライムに加入。
オムツや洗剤類は定期便で購入。急に買いに行く必要もなくなったし、「明日までに○○買わなくちゃ!」となっても翌日配送を頼めたので、かなり助かりました。
夫にLineで「○○買ってきて~」と頼むと、違うの買ってきたり余分な買い物があったりだったので、そう言ったストレスも解消されました!
買いに行く手間、時間を考えると、お金で解決できることは頼った方がいい!
っていうのは本当で、今でもこの2つのサービスは欠かせないですね。
次女の赤ちゃん返り勃発

次女はまだまだ甘えたい2歳半。
何もないところでのイヤイヤもありますが、やはりお腹もすいて1日の疲れも出やすい夕方にケンカが起こります。
仕事はいつでも大変
仕事も窓口対応だったので、15:30までは窓口に座っていなくてはならなくて、あと1分で終わり!というタイミングで対応に当たってしまったら、
THE END!
そこから対応に追われ、気づけば16時近くに退社となることもよくありました。時短とっているのに、といつも葛藤。でも、そこで対応しなかったら
と言われるので(もう若干言われ始めてた(´;ω;`)ウゥゥ)ぎりぎりまで窓口対応を頑張りました。
窓口対応なので、そこまで動くことはなかったんですが、クレーム対応をすることも多く、精神的にやられました。
4人の子供を育てながらフルタイムで働く先輩ママが2人もいて、その人たちがいるから3人目の妊娠なんて軽く見られていたのもつらかったですね。
その2人の先輩は義両親が目と鼻の先に住んでいるから、フォローありまくりで。うちはそんな近くないし、義両親ともにまだフルで働いていたから頼れないしで、比較されてることにイラっとする毎日でした。
でも、そんなイライラより以上に
私が働かないと家計がやばい!
って思いが勝って、働いているときの気持ちは「無」にして耐え抜きました。
子どもが増えることでの経済的圧迫
あと、何度も言っていますが、子ども3人も養っていけるだけの経済力が我が家にあるのか・・・という不安もありました。子どもが欲しくて、希望しての妊娠だから、その覚悟あってのことでしょ?!って言われたらそれまでなんですが・・・
でも、やっぱりお金はとてもかかるし、3人にそれぞれ同じような経験をさせてあげたいし、同じようにいろんな選択肢を与えてあげたい。
毎日お財布と、通帳とにらめっこしていましたね。
その不安から、出産後にブログを始めて収入の柱を増やすことに成功したという嬉しい話も。
ということで、ワーママとして働き続けられた私にはこんな悲しいこと、大変だったことばかりではありませーん!
幸せだったこと、嬉しかったこともたくさんあったので、ご紹介しますね!
■3人目の妊娠で幸せだったこと、嬉しかったこと
・夫、姉二人が「楽しみだね」ときらきらオーラを出していたこと
・姉二人が毎日おなかをなでて話しかけてくれたこと
・どんなに私が鬼ババしてても「ママ~!」と来てくれること(反省の思いが強いけど)
・夫が家事を積極的にやるようになったこと
・音信不通だった実母と連絡を取り合うようになったこと
・夫がいい加減な家事でも多めに見てくれるようになった
ありきたりな内容かもしれないけれど、嬉しいこと・幸せなことってすごいパワーになりますよね。ということで、私が3人目妊娠中を乗り越えられたパワーの源を紹介します!
娘たちが3番目の子の誕生を楽しみにしてくれていた

何より、子供たちが生まれてくる三番目の子のことをとても楽しみにしてくれていたのが、元気でいられるモチベーションになりました。
毎晩、私のおなかにクリームを塗って話しかける姿は、今でもなんだか幸せ過ぎて泣きそうになります。
鬼ババしてる私でも「ママー!」と来てくれる純粋な娘の存在
疲れてイライラしてても、子どもは本当に正直で
って来てくれます。イライラはそう簡単にひかないときのことが多いんですけど、こんな自分でも「ママ」として、唯一の無二の存在として必要としてくれるのが、申し訳ない思いとありがたい思いと、よく錯綜していましたね。
こういうのの繰り返しで、母としての心構えというか、そういうのをお姉ちゃんたちに鍛えてもらった気がします。
少し増えた夫の家事
夫は喜怒哀楽の表現が下手だから、喜んでいるのはわかるけれど、お腹を触ったり赤ちゃんに話しかけたりというのはしませんでした(ちょっとこれは4人ともそうで不満なんですが)。
ただ、洗濯物干したり畳んだりは積極的に手伝ってくれました。あとはちょっとやそっと汚れていたって、小言を言わなくなったのも嬉しかったですね。
こちらとしても、肉体的にも精神的にもけっこう大変だったから、家のことでごちゃごちゃ言われると、余計に腹立たしくなっていたと思うので。むしろ、
くらい強気で接していたかもしれませんwww
家事やりたくないMAXの共働きママが実践した頑張らない家事を紹介します!!の記事でも書いていますが、けっこうやらない家事を増やしたのも、気持ち的に余裕ができたんじゃないかなって思ってます。
音信不通の実母と復縁

あまり詳細は書けないんですが、約4年音信不通だった実母と連絡を取るようになりました。まだすべて解決したわけではないんですが、それは置いといて、お互い連絡のやり取りができるようになりました。
三女の出産前後では、実家からかわいいマルチーズのはなちゃんと一緒に来てくれて、いろいろとサポートしてくれました。
今では近すぎず、遠すぎずの程よい距離で関係保ってます。
と、子どもたちにはいい影響だったようです。

秋田と東京。
そう簡単に会える距離でもないので、今では定期的にフォトブックを作ってプレゼントしています。
では出産後、3人育児となって復帰し、どうだったのか見ていきましょう!
3人育児で復帰!悲しかったこと、大変だったこと
- 三女だけ別の保育園で送迎が地獄だった
- 三女だけお弁当持ち
- 「熱が出ました、お迎えを・・・」の電話が絶えない
- 3人になっても仕事量は当然、減るわけがない
- 自分より先に復帰した先輩からの「長く休んでんじゃねーよ」的なプレッシャー
では、大変だったこと、悲しかったことを紹介します。今思い出しただけでもつらい・・・。
姉妹で違う保育園生活

年度初めでの復帰ではなかったので、三女だけ保育ママさんのところへ預けることになりました。でも、そこの園はお弁当必須!しかも朝は9時から!!
ということで、7時半に長女・次女を保育園に預けて、そのあと8時にファミサポさんに三女を預けて通勤してました(ファミサポさんが三女を保育ママさんへの送りを担当)。
ファミサポさんにすぐ慣れてくれたおかげで、朝のお別れは時間がかかることはなかったですけど、保育園・保育ママさん・ファミサポさんとのやりとりだけでも、かなり疲れました・・・。
お熱出ました!コールが鳴りやまない
仕方がないことではあるんですが、三女は体が弱いこともあって、しょっちゅう
の連絡が入っていました・・・。有給30日くらいあったんですけど、最終的にほぼ使い切ったかたちでその年は終わりました。
夫は日給制で働いているので、働かないとお給料が出ません。なので、当然のことながら有給が取れる私がお迎えに行くことに。
子どもが大事だから行きますけど、本当、職場の人には「また帰ったの?」って言われていました・・・。
仕事は減ることなく、増える一方
私も今の部署に異動して、気が付いたら4年(今では8年目?!)にもなっていました。新人が配属されることのない部署なので、私がいまだに一番下っ端。
雑用なんかが押し付けられる毎日。
40代前半の先輩たちが3人、みんな初産であるにも関わらず、育休を半年とかで切り上げて復帰する中、私は預け先がみつからなかったので1年ちょっと休んでいました。
そんなのもあって、余計に
的なオーラが先輩たちの背後から見える見える・・・。
お昼休憩やちょっとした空き時間を雑用の時間に充てて、少しでも職場のフォローができればと働きました。
苦痛いっぱいの産後の復帰でしたが、幸せなことや嬉しいこともたくさんありました!
3人育児で復帰!幸せだったこと、嬉しかったこと
3姉妹がとにかくかわいい
姉2人が妹の面倒をよくみてくれる
「お母さんの仕事はかっこいいね」
キャリアにつながる研修を受けられた
経済的負担が減った
ブログで収入の補填ができた
夫がさらに子煩悩になった
では、3人の育児をしながらのワーママを経て、現在では4人のママになった私。3人を乗り越えたそのパワーの源を紹介します!
かわいいかわいい3姉妹

姉二人がとにかく三女をかわいがってくれたのが救いでした。女だからなんですかね~。母性本能丸出しの毎日。
何をするにも3人一緒。
三女を出産して、職場復帰して、毎日慌ただしいのに夫は大阪へ半年に渡る出張。それでもやり抜けたのは、お姉ちゃんたちの妹への無償の愛があったからだと思っています。
お手伝いではなく
「三女の面倒をみるのはあなたたちの使命!」
位の勢いで、任せていたからうまくいったのかもしれないですね。
仕事を応援してくれる子どもたち
そんな言葉を、私の誕生日とかにかけてくれることがありました。たとえ夫や保育園の先生にそそのかされて言わされていたとしても、それはそれで嬉しいものです。
ちょうど三女出産後、区の菜園で野菜を育てていたんですね、食育兼ねて。そこの菜園で餅つき大会があったんです。
運悪く、参加したおじいちゃんが餅を詰まらせて救急車で運ばれるという大惨事がありまして。そのとき、心肺停止になって救命措置をとったんです、私。三女をおぶって心臓マッサージして・・・。
その光景で
お母さんはすごい!
って刷り込まれたようです(;^_^A